君がいなくなったのは三年前だった。またね、と君が振り返り僕に手を振った一瞬に、君はトラックに撥ね飛ばされた。それから僕は一時も君を忘れなかった。だというのに君は!
君は桜の木の下で、道行く男という男に猫撫で声で甘えている。不思議と気味悪がる人はいない。
「ねえ、指輪が欲しいわ。小さなダイヤの、可憐で上品なの」
ときどき君はボウと空を見上げる。桜の葉はすっかり生い茂り、裏の体育館から部活動の声が聴こえる。君は何かを思い出すように左の薬指を擦ろうとするが、そもそも薬指がないことに気付く。
もし、僕が君にそれを見せたら君は僕を思い出すだろうか。思い出したら、君は満足していなくなってしまうのだろうか。だとしたら、哀しい。だけど安心して欲しい。君の薬指と指輪は、清潔なガーゼを敷いたガラスケースの中にしまって大事にしている。指は大分くちてしまったけど、指輪の輝きだけは損なわれてはいないよ。
あともう少しで、君の薬指は完全になくなる。そうしたら君に指輪を返そう。指輪を填める指さえなければ、君はきっと!
約束の場所は体育館裏の桜の木の下。夜明けに君が眠るその隙に、指輪をそこに埋めておこう。
お題10
牛歩の如く進めているけども、進んでいるだけマシということで。いや、何がマシなのだか。
次は「思い出せない約束」